社団法人 豊橋青年会議所
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最終回:JC運動と活動について PDF プリント メール
2009/12/25 Friday 15:42:04 JST

 青年会議所(JC)は「運動」を行っています。運動とは、ある目的を達するために活動したり、各方面に働きかけることです。

 その運動を、JCは青年世代で行っています。青年世代による会議を軸とした団体、それがJCという組織であると思います。何のためにそれをやるのか、という議論がきちんとされなければならないのです。総会も、委員会も、スタッフ会議も、そういう場であるべきです。

 JC運動の目的とは、「明るい豊かなまち」を創り上げることです。我々は運動の結果、物事の状態が、時とともに変わることを実感できねばなりません。

 社会に向かい変わりましょうと言うならば、我々も時代と環境にに対応し変わらねば。目的は変えず、目的達成のための仕組みを深化、進化させるということです。

 また一度目的を掲げた以上、団体もメンバーも運動を継続していかなければなりません。目的が達成されるその日まで・・。

 

 そして運動継続のためには、そこに集うメンバーの力と数が必要です。我々が考える青年世代、20~40歳は、実に多くの可能性を持っています。その可能性に自らが気付き、自らを変えていかねばなりません。それが成長なのでしょう。

 しかし誰だって、今の状態(能力、性格、考え方、やり前など)のままが良いと思うでしょう。今のままの自分を受け入れてくれる、居心地の良い、やさしい場所や人を探してしまうでしょう。それがダメとは、誰も言いません。しかし自己の成長のためには、自分自身に厳しくしてくれる環境こそ大事ではないでしょうか。その環境こそがJCだと思います。JCでしか出来ないことがあるのです。

 厳しいことを言われるのは誰だって嫌なものです。しかし、厳しく言う人間も、実は言われる人間以上に、嫌なものなのです。嫌われる役を、好んで引き受ける人は、普通いないでしょう。しかしJCにはたくさんいます。自ら進んで嫌われてくれる人たちが。

 あなたの成長は、あなたの家族、会社、そして我々が住むまちや国のためになると思うから。愛情の反対語は、無関心ですよね。

 JCメンバーであれば、誰でも仕事と家族(プライベート)、そしてJC活動、どれを優先するか悩むことがあるでしょう。普通に優先順位をつけるならば、一に家族、二に会社、最後にJCだと思います。けれどもあなたが経営者ならば、一に会社、二に家族、最後にJCと言うでしょう。しかし我々が実際に使っている時間は、一がJCと会社、最後に家族となりますよね。だから悩むし、誰もが苦しい。けれど自己の成長を信じてJCに取り組むべきなのです。

 それぞれを分けることなく、実はすべて自分の果たすべき責任であるとするならば、あなたの立ち位置はおのずと定まるのではないでしょうか。前向きに楽しんでいきましょう。忙しさにかまけず、何のために今何をやっているのかを周りに説明し続けることも大事です。

 豊橋青年会議所は、目的達成のため、これまで多くの事業を行ってきました。そこに集うメンバーの、英知と勇気と情熱が推進力でした。これからも、そうあり続けねばなりません。

 「まちづくり」と「ひとづくり」、JCの両輪です。両方を行うことが、「明るい豊かなまち」を創り上げるための運動です。だから、どちらか一方だけを選ぶことは出来ないのです。どちらかのみを選びたければ、この団体を出て自分で自分のフィールドを作れば良い話です。

 世界の終りが来ない限り、JC運動は続くでしょう。そして世の中は変わります。我々が変えられるのです。実感できなければ、できるまで運動を続けるのみ・・。

 私にとってこの一年は、JCの可能性と、自らの至らなさに気付かされた一年でありました。同時に得たものがたくさんあります。残り一年のJC生活でそれをお伝えできればと、心から思います。

 

 これまでこのブログを読んでいただいた皆さん、お付き合いいただき誠にありがとうございました。口語体で文章を書いたことに、賛否があったことを十分理解しています。個人的にも葛藤はありました。誤解もあったでしょう。

 どこかでお会いできた時、そのあたりも含め、是非お話をさせていただければ嬉しく思います。改めましてどうかよろしくお願い致します。

 

 皆様の今後のご活躍とご多幸を心からご祈念申し上げ、2009年度理事長ブログを終了とさせていただきます。

 新たに始まる2010年が、皆様にとって素晴らしい最高の一年でありますように・・。

  - fin -

   2009年度 社団法人豊橋青年会議所 第58代理事長 永田 竜也

 
「社会的健康とその推進」について PDF プリント メール
2009/11/03 Tuesday 18:04:41 JST

「社会的健康とその推進」について


みなさんこんにちは。

本年度、豊橋JCは10月第二例会として健康をテーマとして事業を開催をさせていただきました。

我々の目的は「明るい豊かな社会の創造」であります。市民一人ひとりが自身の健康を見つめ直し、
新しい健康の考え方として「社会的健康」の大切さに気付いていただき、それを伝え広めていただく
ことで、ひいては豊橋が笑顔溢れる明るく豊かなまちになる、と考えました。

「社会的健康」とは、自分自身が社会と良く関わっているのかを健康として見る捉え方です。

社会は自分が会ったことがない多くの人間で構成されていますが、まずは目の前の人と良好な関係
を意識して自ら行動することが重要です。例会ではコミュニケーションを円滑に取ることが社会的
健康の推進に、また同時に心と体の健康をも推進できると訴えました。


今回は社会的健康の推進手段である「コミュニケーション」をあらためて考えてみます。


前提として、「健康」という言葉ですが、これを検索しますとおおむね以下のような説明があります。

1、からだに異状があるかないかという面からみた、その状態。「―がすぐれない」「―優良児」
2、からだに悪いところがなく、丈夫なこと。また、そのさま。「―を保つ」「―な肉体」
3、精神の働きやものの考え方が正常なこと。また、そのさま。健全。「―な考え方」「―な笑い」

つまり、心と体、身体と精神の状態である、と説明されています。

WHO(世界保健機構)の健康についての定義を確認しますと、「完全な肉体的、精神的及び
社会福祉の状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」とされています。

完全って何だろうと思いますが、良好な状態としましょう。ですからかなり広い目標を掲げています。
しかしここで注目すべきは、社会福祉という視点が含まれているところです。これは日本の辞書には
記載がありません(私が確認した範囲での意見、とさせて下さい)。

社会福祉とは多義的な概念です。一般的には次の意味で使われることが多いようです。
「社会成員の幸福な状態。または社会成員の幸福な状態をもたらすための制度、政策、実践など」

これは現実にはまだ実現していないものであり、したがって、目標や理想として追求するべきもので
ありましょう。そしてこれらは一人ひとりの市民の力なくしては実現しないものです。その実現に必要な
ことこそ、広義のコミュニケーションではないでしょうか。

さて、ここまでの話を式で表現しますと・・、

 個人の健康 = 身体的健康 + 精神的健康 + 社会的健康(個人が社会と良く関わること)

さて、コミュニケーションが大切だという話は、誰でもどこでも聞くし言われていることだと思います。
その重要性を理解しながらも、実践することが難しいのがコミュニケーションではないでしょうか。

イギリスの小学校の例で紹介させていただきますと、コミュニケーション能力を社会技能として授業科目
で履修するそうです。ソーシャル・スキルとも呼びます。この科目は、今後日本社会においても道徳と
同じく重視されると(勝手に)思います。簡単ではありますがご紹介させていただきます。


社会技能とは、「日常生活の中で出会う様々な問題や課題に、自分で、創造的でしかも効果ある対処の
できる能力」と定義されます。これには次のような能力が含まれています。

①意思決定力
②問題解決能力
③創造力豊かな思考力
④クリティカル(重要、危機的、批判的)に考えていく力
⑤効果的なコミュニケーション力
⑥対人関係スキル - 自己開示、質問する能力、聴く力
⑦自己意識・認識
⑧共感性
⑨情動への対処(制御)
⑩ストレスへの対処


こういった社会技能を発揮できれば、結果として以下のような能力を持つと判断されています。

1、その場の雰囲気が分かる。
2、自分の発した言動を相手がどのように受け取るか想像出来る。
3、自分の考えを、上手に相手に伝える事が出来る。

KYなんて言葉が流行りましたが、対人関係をどう捉えて行動できるかということです。なるほどと
納得できるような気がしませんか。


提案ですが、日本でも道徳と合わせて社会技能の授業を学校で行ってみてはどうでしょう。私自身、
効果的なコミュニケーションをとることが下手でありますので、今でも苦労していますし、こんな
授業があったら良かったのにと思います。

個性、自由、権利、義務など、民主主義社会で重要とされるものは全て相手があってのものです。
自分の考えを社会や人間に表現し訴えるのは、自身のコミュニケーション能力でしかありません。
誰かがやってくれるのを待つだけでは自分が望むものはなかなか手に入れられないからです。

社会技能の訓練が学校でなされれば、人生経験の一言で片づけられてしまいがちなことや、対人関係を
幼少期等にたった一一度失敗しただけで後にトラウマとなってしまい恐れてしまうようなことが、少なく
できるように思います。

今回我々が訴える社会的健康の推進も図られると考えるのですが、みなさんはどう考えられるでしょうか?


まとめとして、人間の健康には身体的健康と精神的健康に加え「社会的健康」があることを知って下さい。
「社会的健康」とは周りとの良好な関係の構築に努めることで得られるのもであり、その推進のためには
コミュニケーションが必要です。皆が社会的健康を推進していくことで身体や精神の健康も推進されて、
やがて笑顔の連鎖となり社会を変える力になるのです。


ではまた次回お会いしましょう。

 
父親の教育について PDF プリント メール
2009/10/25 Sunday 21:27:12 JST

みなさんこんにちは。

今回は6月例会、8月事業のテーマでありました「父親の教育」について書かせていただきます。

現職の父親である私も子育てについては試行錯誤の状態です。経験のある方に対して語れるほどの
ものがあるとは無論思っていませんが、一人の父親の意見として読んでいただければ幸いです。

我々は事業構築にあたり、母性と父性を以下のように定義致しました。

母性とは、子どもを守り育てようとする本能的特質で主に子どもを包み込むように受け止めること。

父性とは、家族を守るという強い意志を家族に示し、苦難を乗り越え道を切り拓いて生きていくために
必要な善悪の判断、他人に迷惑をかけないことや他人を思いやる気持ちなど社会的ルールを伝えること

母性父性ともに一人の人間(親)が自然と備える場合もあるでしょう。

事業では特に「父性」について取り組みました。その内容につきましては報告ページをご覧下さい。

 

人間社会が決定的な崩壊をせずにきたのは、正に母性によるところが大きいのではないでしょうか。
そして父性は、他と争うことを止めて共に生きる道を選び、それを築いていく過程での社会ルール
的な枠割となったと考えます。どちらが欠けても、社会は成立しなかったのです。


母性というものは、女性であれば皆、生まれながらにきちんと備えているものだと私は考えます。
対して父性というものは、男であれば誰もが持って生まれるようなものではなく、むしろ最初は何も
ない状態だと思います。成長の過程で備えさせねばならない、かつ父性を備えた人間が教育をしていか
ねばならない。ここに今の難しい社会状況が現れているように思いませんか。


いつの時代も、母性は女性が示してくれてきました。しかし今の世の中「父性」が決定的に足りない
のではないでしょうか。だから家庭や社会で様々な、考えられないような事件や問題が起きてしまう。
断定できることではありません。しかし、やはり私は根本的な要因がここにあるとみています。

父親には、まず人の親であるという強い自覚と覚悟が必要です。次に父性をもって子育てをすると
いう意識が核になると私は思います。

親には誰もが(一般論として)なれます。しかし父親には子育てを通じてしかなれません。屁理屈
ではありません(笑)。まして自分に父性があるかどうか、子供に父性を備えさせることができる
のかは大変難しいことだと理解せねばなりません。

昔の父親たちには皆、父性が備わっていたように思うのは私だけでしょうか。それは、父性のある
父親に育てられ、父性のある社会があったからではないでしょうか。残念ながら今はそのような社会
ではないと感じます。


次に子育てについて。

自分の父親の、社会的地位がどうとか、財力がどうとか、ケンカが強いとか、頭がいいとか、そんな
ことは子供にとってたいしたことではないはずです。一緒に何かをして同じことを感じたり、知らない
ことを楽しく教えてくれたり、共に育っていく感覚であれば本当はそれだけで良いはずです。

子供が生きていく上で最低限備えていなければならない、社会道徳や人間としての立ち位置を伝えること
も大切です。しかし私は子供に対して何よりまず最初に教えねば、伝え続けねばならないのは「心の強さ」
だと思います。

子供が可愛くない親はいません。私はそう信じています。しかし可愛いからこそ子供を時に突き放す
のが父親です。優しく抱きしめ包み込んでくれるのが母親ではないでしょうか。父と子に友達関係
などありえないと私は思っています。母と子、特に娘にはそういった関係もあるのかなと最近感じ
ますが・・。

これからの教育はもう一度、子供に対し「心技体」のうち「心」を徹底的に教育していただきたいと
思います。むしろ父親はそれだけで良いとさえ思います。

「技」は、父親でなくても他の指導者がいます。部活やクラブでも教えてくれます。職人さんの世界
では師匠から盗むものが技術です。

「体」は、本人にとっての健やかさがあればそれで良いと思います。

ですから「心」を教えることこそ親の役割だと思います。


今の教育には個性とか自由とか本人の意思を尊重する、という風潮があります。それは何時かの時代の
教育方針に対する、行き過ぎた何かへの反省からきたことでしょうから、それを自体を悪いとは言いま
せんが、それにしても少々行き過ぎていると私は思います。皆さんも同意見ではないでしょうか。


子供って、当然大人ではありません。自分で判断できないことが多いのです。だから親が責任を持って
時に判断し、こうすべきではと教育せねばなりません。何故ダメなのかを子供にしっかり理解させないと
いけないという意見もありますが、私は反対です。ダメなものは理不尽であろうがダメで良いのです。
理由のない、感情に任せた、人を傷つける暴力は絶対にいけませんが、躾の段階で手をあげることは
時に必要だと思います。ここは大きく意見の分かれるところでしょう。

単に、頑固とか厳格であったり、体罰がオールOKというわけではありません。父親は「おおらか」
なのが私にとって一番です。


子供が公の場で騒いでいたら止めるのが親です。何かの舞台を見ていようが、親が舞台を見たかろうが、
周りの迷惑になっていれば即その場を立ち去るべきです。お金を払ったから見る権利があるとか、また
再入場できるのかとか権利ばかりを耳にすることが多いのですが、周りの人間が邪魔をされずに舞台を
見る権利をあなたはどう考えるのかと聞いてみなければなりません。お金がもったいないと思いつつ
泣く泣くその場を離れ、大きくなったら子供に笑い話として話してやればいいじゃないですか。


また子供の気持ちを大切にすることは大切ですが、同じくらい他人の気持ちを大切にできてこそ
はじめてその意味があります。最後は人の気持ちより自分の気持ちの方が大切だって教えていると
したら正解ではないと思います。

自由には責任が伴うとう良く言いますが、そもそも自由でいられる社会に感謝し、それを創ってきた
先人に感謝し、それを守り維持していくという義務を果たしてから自由を語ってほしいと思います。


最後に父親、母親から男女について。

私は男女共同参画社会に賛成です。ジェンダーフリーという考え方は、もっと理解されるべきです。
文化的、社会的な性差はなくしていかねばなりません。でも、使い方を間違えると文化等を壊す場合も
あることを十分理解せねばなりません。そして「性差別」という言葉ばかりがどうしても目立っている
現状は、まだまだ社会がその状況にないという証拠であると同時に、逆に新たな性差別を生む要因となる
可能性も否定できないでしょう。差別ではなく、男女を区別しておいたほうが良い部分も現実の社会では
あろうと思います。

男女は平等です。そして我々はその社会を築くために活動していくべきです。だからこそ、男女の生物的
な質の違い、父性と母性としての役割の違いは明確にすべきだと思います。日本の社会に父性を取り戻す
ことこそいろいろな問題を解決する大きな可能性だと信じていますので・・。

今回の内容は、どちらか、または両方の親御さんが何らかの理由でおみにならないご家庭があることを
もちろん承知した上で書いております。この内容を読んで気分を悪くされた方がお見えであれば、心から
謝罪致しますが、そういったご家庭が誰かの力を必要とした時、何かをしてあげられる社会の構築が
目的であることをご理解いただければと存じます。

 

私も二児の親であります。こんなこと書いてるあなたの家庭はどうなんだと聞かれそうですので、機会が
あれば直接お話しをさせていただきます。

変な話ですが、子供に自分が死ぬ間際、「いろいろあったがあんたの子供で良かったよ。」と子供たちに
言われれば、まあ自分はよくやったと思えるような気がしていますし、そんな子育てをしていると思って
下さい(笑)。


また次回お会い致しましょう。

 
設楽町長選立候補者予定者公開討論会に参加して PDF プリント メール
2009/10/09 Friday 23:18:40 JST

みなさんこんにちは。
最近ブログの更新が止まっており申し訳ございません。
またアップを再開致しますので、お時間のある時にでもお目を通していただければ幸いであります。
次回は東三河について書きますと前回を締めておりますが、もう少し持ち越しとさせていただきますので、どうか

ご了承下さい・・。


さて先日、台風が接近する中、設楽町に表題の件で行ってまいりました。

「何故行ったのか?」

それは、設楽ダム建設の調印式に公職にある立場の者としてお呼びいただき参加させていただいた際の、あの会

場の雰囲気がどうにも頭に引っかかっており、自分の中で上手に整理がつかなかったからです。

その雰囲気とは、とても重く、まるで悲しみの席にいるような感さえしました。
もっと華々しい会なのではと勝手に想像していたので、余計にそう思ったのかもしれません。
「なんだろう、この雰囲気は・・。」それが当日の正直な感想です。

私自身、設楽ダムの建設について、賛成や反対を言うべき立場にはないと考えております。
しかし、豊橋の人間として、東三河の人間として、設楽町の現状を直接知らない自分を無責任だと感じるようになり

是非行きたい、行かねばならないと考えたからであります。

ですので、今回感じたことをそのまま書かせていただきますが、決して、特定の団体や、候補者寄りの立場ではな

いことをご理解下さい。

設楽ダムの建設合意が設楽町と国、県との間で締結され、着工に向けた道路建設などの準備が粛々と始まった

矢先に、民主党政権が誕生しました。八ツ場(やんば)ダムの建設中止を前原国土交通省大臣が表明したように、

民主党はマニフェストの中でダムに頼らない治水や利水を行うとし、政権の座に就きました。元長野県知事である

田中康夫氏の「脱ダム宣言」を思い起こさせるような状況が国内に沸き起こるかの感じを受けます。

今後の東三河のため、下流域市町村からの「水(=ダム)」が必要だ、との要望に対し、設楽町の方々は受け入れ

の是非を含めて36年もの間、議論に議論を重ねてこられました。

私の人生がまだ39年ですので、途方もない時間です。議論の途中で亡くなられた方もみえるでしょう。
本当に、言葉では言い表せない、本当に、ご苦労があったかと考えます。

合意に至った後(調印が行われたという事実をもって合意と書きます)、それがある日突然、もしかしたらダム建設

が中止になるのではというそよ風が吹き始めました。

現在、地元選出の議員さんは建設推進のお立場のようです。市町村長も同様のお立場だと思います。


設楽町長選立候補候補者の方々は、設楽町の今後についての施策(思い、ビジョン)を語られました。

産業、少子高齢化、過疎化、観光、道路、医療、設楽町が抱えるたくさんの難題につき、自分はこうしたいという思

いを語られる中、やはりダムの話題が中心となりました。

建設を前提としてのまちづくり。
建設を前提としつつも再調査を行うとし、その上で再度意見を聞くべしというまちづくり。
建設を取りやめることを前提に住民投票にて審判を問うべしというまちづくり。
三者三様のご意見でありました。

それを受け、設楽町の住民の皆さんは、自分はどう考えるのかを示さねばならず、悲しいけれど賛成反対に割れ

てしまうのでしょうか・・。


東三河は川でつながっています。

下流域の人間からすれば、産業、農業、住民生活に必要な「水」の確保は、生きていく上で、また将来的な発展

に向けての絶対的な基盤です。
そして我々は、誰かに聞かれれば、水があって当たり前の生活を続けたいことを再認識するでしょう。


そんな下流域の住民(私も含め)は、どこまで現在の設楽町の状況について知っているのでしょうか?
水のありがたみを真から感じて暮らしているのでしょうか?
そのために何らかの影響を受ける方々の存在を知っているでしょうか?
そもそも設楽ダムは下流域の側の要望であるということを一体どれだけの方が知っているのでしょうか?

話は飛びぶようですが、沖縄の米軍基地移転問題、本土の遠くに住む我々には関係ないことなのでしょうか?


何か必要とする人間と、それを必要ないという人間がどの国にもどの世界にも存在します。
今回の設楽町長選挙は、そのどっちの人間が多いかを問うような質のものでは決してなく、実はどっちでも良い

(=無関心)人間の多さが問われているような気がしてならないのです・・。

どちらの結果が出るにしても、我々下流域の人間はその結果を重く受け止めねばなりません。

それを決めたのは、東三河の住人である我々自身なのですから。

 

 

               

討論会中は写真撮影禁止でしたので、開会前の雰囲気です。 

 

 

 
豊川の源流へ PDF プリント メール
2009/07/01 Wednesday 21:25:47 JST

 皆さまこんにちは。

 6月に入り、学校や企業も衣替えになりました。

 青年会議所でも6月から9月の期間は「クールビズ」を推奨しています。環境保護活動の一環であります。クールビスについてのご説明は必要ないかと思いますが、よく知らないという方は一度調べていただけたらと思います。

 さて、近年では地球温暖化防止の為の環境保全(保護)活動やエコロジーという言葉がすっかり当たり前になりました。エコカーブームもハイブリッドに加えて電気自動車の実用が始まりこれからますます本格的になるでしょう。生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)の開催も近くなってきました。

 (社)豊橋青年会議所では1991年に「人間(ひと)・地域(まち)・環境(みどり)を考えるサマーフェスタ」という事業から環境運動をスタートしてまいりました。時代背景から考えますと、かなり早い段階で環境運動の展開ができたのではないかと思います。

 そして、環境運動をずっと継続し行っていきながらも、環境を守ることは地域経済の活力や、行政の枠を越えた取り組み、何より市民意識の高まりが必要であることなどから、だんだんと東三河(豊川流域圏)という地域社会全体での循環型社会の構築、一体化を問うものへとその形を変えてまいりました。


 私が豊橋JCに入会した2002年から、上記それぞれのテーマで展開した事業をご紹介させていただきますと・・、

  2002年 ・「530トランプ」
         ・環境活動評価プログラムワークショップ~300円で1200万儲かる方法教えます~
         ・「憩いの里山づくりワークショップ」
         ・JC-Day ~とよがわ流域ウルトラクイズ~

  2003年 ・東三河流域通貨“じゃん・だら・りん” ~いいじゃん、そうだら、やってみりん~
         ・5月例会 環境フレンドパーク~僕らで減らさMy大作戦~
  2004年 ・「減らさMy大作戦」
         ・10月例会 穂の国収穫祭2004~ いいじゃん!穂の国 ファーマーズ・マーケットinラグーナ ~
  2005年 ・6月例会「みんなで地球温ダウン化をしよう!」
         ・9月例会 穂の国感謝祭 ~ほっ、の国を遊ぼっ! 森・川・海の東三河~
  2006年 ・JC-Day2006 知識のツボ ~湧き出る知から未来を変える!~
  2007年 ・「学ぼう!遊ぼう!とよがわーるど~海・山・川みずから繋げば流域圏はわんだふる~」
  2008年 ・「とよがわーるど2008」


などを行ってまいりました。先輩方におかれましては「少し解釈が違うぞ」というご意見もあろうかと思いますが、ご指導ご鞭撻を賜れば幸いに存じます。

 なお本年度は「広域まちづくり実践委員会」にて継続をしてまいります。内容に関しては、
近いうちにご報告ができるかと思います。是非楽しみにお待ちいただきたいと思います。

 ここまでは団体のPRでして、やっと本題に入ります(笑)。

 私、東三河はもともと一つの地域なのだから元に戻るべきだと常々考え口に出しています。昔は豊川流域一体を「穂の国」と呼んでいました。穂の国は豊川によって生かされている一つの国であったのです。しかし長い歴史の中で何度も「まち」の範囲は変わり、現在の市町村の形になっています。私はこの地域を知ることは豊川を知ることからはじまるんだと思っているもかかわらず、その「豊川(とよがわ)」の源流を見たことが一度もありませんでした。

 ルーツを知ることが大切なんだと周りに言いながら・・。大変申し訳ありませんでした(笑)。

 そこで先日、豊川の源流を探しに行こう!の掛声で集まった数名のメンバーたちとともに、
愛知県北設楽郡設楽町の段戸山へ行ってまいりました。

 おおよそ豊橋から片道二時間の距離です。

 出発時点ではあいにくの小雨でしたが、私は自分が晴れ男だと本気で信じていますのでそのまま出発です。設楽町に入ったあたりで雨足がやや強くなったものの、 目的地に着く頃には見事な青空になりました。ますます晴れ男だと確信させていただいた次第であります(笑)。

 目的地近くまでは車で行けますので、後は徒歩で片道一時間程度かけまして山頂(源流)を目指します。

 前もって知り合いのNPOの方に地図と源流までの行き方を教えてもらっていましたので、その情報を頼りに目印(木に縛ってある布など) を探して歩き続けます。(当たり前ですが)本当の山の中なので、何の下調べもなく行ったのならば、倍の時間をかけても辿り着けそうもないところでした。

 途中で何度か目印を見失いそうになるものの、仲間とあっちだこっちだと考えながら進むこと約一時間、最後の目印となる「ピンクの布が二本ある木」を発見です(ここでかなりテンションが上がります)。

豊川源流

 周辺を見回し、耳をすますとかすかに水の流れる音が! その水音を頼りに、少し斜面を降りるとついに
目的の源流を発見致しました。

 見つけた瞬間、疲れが一瞬で吹き飛びます。いや心から感動致しました。

 源流は本当に地表から湧き出ていました。前日までの雨の量などでその位置は多少上下するとのことです。

 源流の水で顔を洗い、少し飲んでみました。達成感から、何とも言えない美味しさでした。
 そして皆で記念写真を撮って下山です。 私も水源の写真を自分で取ったもののピンボケでした・・。

豊川源流
 

 この水が、自分の飲む味噌汁や、お風呂の水になるのだよなと考えると非常に感慨深いものがあります。
東三河の皆で守っていかねばならない聖地だと思います。そんな気持ちを新たにし、山を降りました。


 皆さんも機会があれば(多少無理して時間を作ってでも)行ってみて下さい。それぞれが何かを
感じられることと思います。


 次回は、水の話だけに、この「流れ」から、東三河について書いてみたいと思います。

 
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